なぜ「お母さん」なのか
- 投稿日:2023年 5月15日
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(境野勝悟 『日本のこころの教育』から)
僕が小学校の1年のときのある日、「ただいま」って家に帰ると、お母さんがいないときがありました。
お父さんに、「お母さんどうしたの?」と聞くと、「稲刈りで実家へ手伝いに行ったよ」と言う。
そして、「きょうはお母さんがいないから、おれが温かいうどんをつくってやる」と言って、親父がうどんをつくってくれました。ところが、温かいうどんのはずなのに、お父さんのつくったうどんはなぜか冷やっこいんです。
一方、「ただいま」と家に帰ってお母さんがいるときは僕はいつでも「お母さん、何かないの?」と聞きました。
すると、母は「おまえは人の顔さえ見れば食い物のことばっかり言って、食いしん坊だね。そこに、ほら、芋があるよ」って言う。そういうときは決まって、きのうふかしたさつま芋が目ざるの中に入っていました。かかっているふきんを取ると、芋はいつもひゃーッと冷たいんです。だけれども、お母さんのそばで食う芋は不思議に温かかった。
これは、もしかすると女性には理解できないかもしれないけれども、男性にはわかってもらえると思います。
お母さんが家にいると黙っていても明るいのです。あたたかいのです。
それで、わたくしたち男は自分の妻に対して、「日身(カミ)」に「さん」をつけて「日身(カミ))さん」と言ったんです。丁寧なところでは、これに「お」をつけて「お日身(カミ)さん」といったんですよ。
何でしょうか。この「日身(カミ)」という意味は?
「カ」は古い言葉では「カカ」といいました。もっと古い言葉では「カアカア」といった。
さらに古い言葉では「カッカッ」といったんです。
「カカ」「カアカア」「カッカッ」これが「カ」となるんですね。
「ミ」というのは、わたくしたちの身体という意味です。
ですから、「日身(カミ)」とは、わたくしたちの身体は「カカ」の身体である、
「カアカア」の身体である、「カッカッ」の身体であるという意味なんです。
では、「カカ」「カアカア」「カッカッ」という音は、古代では一体何を意味したのでしょうか。
「カッカッ」というのは、太陽が燃えている様子を表す擬態語でした
「カッカッ」とは、実は太陽のことを指したのですね。「カアカア」「カカ」という音も同様です。
つまり、わたくしたちの体、わたくしたちの命は太陽の命の身体であるということを、
「日身(カミ)」(太陽の身体)と言ったんです。
「カミ」の「カ」に「日」という漢字が当てられているのを見れば、
「カ」が太陽のことを意味しているということがわかるでしょう。
「日身(カミ)」とは、太陽の体、太陽の身体という意味だったのです。
お母さんはいつも明るくて、あたたかくて、しかも朝、昼、晩、と食事をつくってくださって、
わたくしたちの生命を育ててくださいます。わたくしたちの身体を産んでくださいます。
母親というのはわたくしたちを産み、その上私たちを育ててくれます。
母親は太陽さんのような恵みの力によってわたくしたちを世話してくれる。
母親はまさに太陽さんそのものだということから、母親のことをむかしは「お日身(カミ)さん」といったのです。
(この文章は『日本のこころの教育』から一部抜粋したものです。この本は、岩手県花巻市の花巻東高校の全校生徒を対象に行った講演をもとに構成されたものです。花巻東高校の生徒が伸びるのは、こころの教育の影響が大きいといえます。)
今から30年程前、北上青年会議所主催で境野勝悟さんをお呼びしての講演会が北上で開催された。
その当時の本「太陽の教育」「生きる教育」(1983年出版)が私の手元にあるが、
境野さんの主張は昔から一貫している。私たちは太陽の子どもである。
日本はなぜ『日本』というのか? 日本の国旗はなぜ『日の丸』なのか?
戦後の学校教育では教えてこなかったことを、丁寧に分かりやすく教えてくれる.
古い本ですが、手にとって読んでみてください。
石川シュウジ