展勝地公園内の一山園
小春日和の日曜日は、家の中にいるのはもったいなく近所をサイリング。
会社から国見橋を渡り展勝地の公園内を通過し、
珊瑚橋そして九年橋を渡る13㎞のコースとなりました。
展勝地公園内には一山園があります。
丁度今はイチョウの木が黄色く天にそびえていますのでひと際目立っております。
秋の陽に黄金色に輝いておりました。
大正10年、桜の名所・展勝地をつくる際、
沢藤幸治翁は当時総理大臣であった原敬から格別の援助を受けました。
その報恩のため、昭和37年秋に碑を設立し、この一角を原敬の俳号をとって
「一山園(いちざんえん)」と名付けたのです。
原の俳号一山(逸山)は、「白河以北一山百文」からとった話は有名です。
いつの時代も東北は、蔑まれてきました。大和朝廷から"蝦夷(えみし)"と呼ばれ、
朝廷に従うことをよしとせず権力にあらがい迎合しない
「まつろわぬ民」、「鬼」と恐れられた先人たち。
歴史を正史ではなく、逆史からみれば「鬼」は
愛すべきご先祖様に当たります。私たちは東北人としての
反骨精神を忘れてはなりませんね!
(休日としては、硬い話となりました)
石川シュウジ
山でクマと遭遇か!?
- 投稿日:2021年 9月26日
- テーマ:その他
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本日の日曜日は久々に我が家にいました。休日でも必ず会社に行き、
平日できない仕事を少しすることが習慣になってしまっている私には珍しいことです。
さて私の健康法に、自転車に乗り汗をかく方法があります。
今日は11時に自宅を出て湯田ダムに向かって出発。
ゆっくりしたスピードで37㎞を約2時間半ほどかけて乗ってきました。
現在国道107号線は、錦秋湖の道の駅から先は通行止めになっています。
そのために西和賀町や横手方面に行く車は、秋田自動車道を迂回することになります。
和賀町横川目付近から、道の駅までの約9㎞程は生活者だけが通る道となりますので、
ほとんど車の通らない自転車専用道みたいな状態でした。
仙人の当楽トンネルを抜けると、スノーシェードやトンネルの補修工事中の看板が
次々に見えますが、日曜日なので工事もお休みのようです。
たまにすれ違うのは道の駅でUターンする一般車両ばかり。
天気も良く静かなのですが、頭をよぎるのはクマの出没です。
茂みでガサゴソとなるとビックリしてしまいます。
出会いがしらでクマと遭遇するのが怖いので自転車のベルを鳴らし、
大声で歌いながら上っていくことにしました。
丁度カーブを曲がると片側通行の為に信号機が見えます。
近づくと動く物がみえたのでビックリ!
よくみると交通整理のガードマンでした。急に大声で歌って
いたのが恥ずかしくなりましたが、気を取り直して
「ご苦労様です!」と声を掛けます。そのガードマンは
笑いながら会釈してくれましたので、気まずい雰囲気に
ならずにすみました。
田舎道での運動は、クマ鈴を付けた方が安全だという
教訓でした。よき休日をお過ごしください。
代表取締役 石川シュウジ
いわゆる終戦記念日「一億号泣す」
- 投稿日:2021年 8月15日
- テーマ:その他
今日8月15日は「戦没者を追悼し平和を祈念する日」になります。
76年という歳月は戦争を遠い過去の出来事として
自身の中で追いやっている感が否めません。
そこでお隣の花巻市に疎開していた
彫刻家・画家・詩人として有名な高村光太郎の詩を紹介し
当時の日本人が何を感じていたかをご紹介いたします。
綸言(りんげん)一たび出でて一億号泣す。
昭和二十年八月十五日正午 われ岩手花巻町の鎮守 島谷崎神社社務所の畳に両手をつきて 天上はるかに流れきたる 玉音(ぎょくいん)の低きとどろきに五體(ごたい)をうたる 五體わななきてとどめあへず。
玉音ひびき終りて又音なし この時無声の号泣国土に起り、普天の一億ひとしく 宸極に向ってひれ伏せるを知る。
微臣恐惶ほとんど失語す。
ただ眼を凝らしてこの事実に直接し、苟も寸毫の曖昧模糊をゆるさざらん。
鋼鉄の武器を失へる時 精神の武器おのづから強からんとす。
真と美と到らざるなき我等が未来の文化こそ 必ずこの号泣を母体としてその形相を孕(はら)まん。
この詩からは、どんなにか衝撃を受けたが伝わってきます。
終戦記念日には静かに手を合わせて、平和のありがたさに感謝したいと思います。
合掌
































