KANO 1931海の向こうの甲子園

  • 投稿日:2023年 7月21日
  • テーマ:その他

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今年、全国高校野球選手権大会は105回目を迎えます。
その歴史を戦前までさかのぼると、日本の統治下にあった台湾や朝鮮、
満州の代表も出場していた時期があったことをご存じだろうか?

昭和6年(1931年)8月の全国中等学校優勝野球大会(当時の名称)で、
旋風を巻き起こした嘉義農林学校(嘉農:かのう)は台湾代表でした。
嘉農野球部は日本人、台湾人(台湾で生まれ育った漢人)、
原住民(先住民)による混成チームになります。
松山商などで監督を務めた名将・近藤兵太郎の赴任をきっかけに
一歩一歩実力をつけていきます。
この年、甲子園初出場ながら次々と強豪校を破り、ついに決勝に進出するのです。

最後は惜しくも敗れましたが、さわやかなプレーで観客を魅了したことが新聞記事として残っています。
作家・菊地寛も決勝翌日の大阪朝日新聞に寄せた観戦記でこのチームの活躍をたたえています。

この事実を元にして、映画『KANO』が製作され2014年公開されています。
『KANO』は、日本人、台湾人、原住民の三者が一つに結束して、夢に向かって突き進む物語です。
言葉にするととても簡単ですが、三つの民族が明確に階層化されていた時代に、
それぞれの存在価値を認めながらも、葛藤に苦しむ個々の青年の成長過程がこの映画の面白さです。

まずはこの歴史的な事実を知ってもらいたいですね。

コンパスウォークにはこの映画のDVD版がありますので、

是非一緒に鑑賞して意見交換したいものです。

野球好きには、単純に楽しめる映画になります。

ご自宅で観たい方には、貸し出しますので申し出ください。

   石川シュウジ



日本精神(リップンチェンシン)

  • 投稿日:2023年 7月20日
  • テーマ:その他

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(博多の歴女 白駒妃登美さんのFacebookより)

 「リップンチェンシン」という台湾語をご存知ですか? 漢字で「日本精神」と書きます。
「あなたにはリップンチェンシンがあるね」というふうに使いますが、
実はこの言葉、台湾では最高の褒め言葉です。
勤勉で、誠実で、親切で、責任感があって、自分の仕事に誇りを持っている。
さらに、自分のことだけでなく、みんなのことが考えられる、
今のことだけじゃなく、次の世代のことまで考えられる。
そんな人を「日本精神のある人」と、台湾の方々は表現してくださるのです。

明治28年から昭和20年までのおよそ50年間、台湾は日本の統治下にありました。
それ以前の台湾は、衛生環境が悪く病気が蔓延し、農業生産性も低かったので、世界一貧しい土地の一つでした。
しかも台湾の人々は、それまで公教育を受けたことがなかったのです。
そこに日本人が入っていって、まず学校をつくり、台湾の民に教育を施しました。
警察制度を整え、治安を安定させました。さらに西洋諸国が植民地の人々を搾取したのとは逆、
日本は台湾にお金を投資し、インフラを整備したのです。
それにより、台湾の衛生環境は格段に改善され、農業生産性は飛躍的に向上しました。

日本のおよそ50年に及ぶ統治があったから、台湾は豊かになった...
そんなふうに日本に好意を寄せてくれる人が、台湾にはびっくりするほど多いんです。
そんな台湾の人々の「日本の恩に報いたい」という思いが、
東日本大震災や熊本地震の支援に繋がったのです。
(白駒妃登美)

 台湾と日本の関係について学んでこなかった戦後の生まれの私たち。

実は隣国同士でこんな素敵な絆を紡いできたのです。

台湾で最高の褒め言葉「日本精神(リップンチェンシン)ですが、

本家本元の私たち日本人から抜け落ちているように見受けられます。

台湾に学び、是非とも取り戻しましょう、「日本精神」を!

       石川シュウジ



日本人よ! 胸を張りなさい!



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老台北(ラオタイペイ)こと蔡焜燦(サイ・コンサン)さん享年90歳が、
ご逝去されたのが2017年7月17日。早いもので6年が経過しました。

作家・司馬遼太郎の『台湾紀行』(『街道をゆく』シリーズ第40巻)の中で、
老台北(ラオタイペイ)と紹介されていることは有名なお話しですね。
私は7・8年前に台湾を訪問。本の中に書かれていた司馬遼太郎と蔡焜燦が初めて逢った、
台北の老舗アンバサダーホテルに宿泊したことがあります。
「台湾紀行」を片手にしながら、ホテルの中を散策し、
二人が出逢ったであろう場所を探したものです。

さて蔡焜燦さんは、大の親日家という範疇を超え、私たち日本人に
胸を張りなさいと日本精神(リップンチェンシン)を生涯貫いた方になります。

蔡さんの信条は、台湾総督府で戦前、民政長官を務めた後藤新平の言葉でした。

「金を残して死ぬものは下だ。仕事を残して死ぬものは中だ。人を残して死ぬものは上だ」

日本精神とは「社会という『公』に尽くす心」であり、蔡氏は1人でも多くの日本人や台湾人に、
私財をなげうって「公の精神」を伝えてきました。
蔡さんは数多くの「人」を残して、旅立って行ったのです。

蔡さんは、日本人として祖国を誇りに思い、そして台湾人となってからも
日本を愛し、憂い、励まし続けました。

 改めて「台湾紀行」を読みかえしてみたいものです。

          石川シュウジ

明日は、日本精神(リップンチェンシン)について書きます。



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