最北の特攻出撃基地

  • 投稿日:2021年 12月 8日
  • テーマ:理念


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本日の岩手日報に、北上市和賀町にある後藤野飛行場の悲劇についての記事が掲載されていた。
「最北の特攻出撃基地」であったという事実は、北上市民でさえ知らない人の方が多く、
戦後76年の歳月の流れと共に風化していくのはどうしようもないように思える。

私の住まいは和賀町藤根で後藤野に隣接している地域。飛行場跡地付近は現在後藤野工業団地が整備されており、
私は若かりし頃アルミ製ドアをユニットバスメーカーに納品する仕事をしていたので、ほぼ毎日通った場所になる。納品で通っていた当時はこの悲劇のことは知らず、立派な記念碑を何度か眺めていただけでした。
まして「特攻基地」と言えば、鹿児島の「知覧」や「鹿屋」が有名で、遠い九州での他人事のように
これまで私は生きてきました。

今回新聞に載っている平賀冨久子さん(91歳)は、飛行場の整備班の一員として働いたと記事にある。
亡くなった私の父は昭和5年生まれで、生きていれば91歳。
きっと父も同じころ飛行場の整備に駆り出されたのかもしれない。
そんな話を生前一度も聞くことはなかった。
この記事の社員に写っている冨久子さんの弟さん昭士さんは、元和賀町役場職員で存じ上げている。
更に当時の資料を保管している北上平和記念展示館の学芸員・高橋源英さんはご近所に住んでいる。
とても身近な人たちが関係している。

戦争の悲惨さは体験した人でないと分からない。

せめて命を散らした特攻隊員たちの平和への思い

を後世に伝える姿勢はなくしてはならない。

 今日は日米開戦から80年!

代表取締役 石川シュウジ


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