仏様の口コミランキング  

  • 投稿日:2023年 3月13日
  • テーマ:その他

3月12日(日)は、昨年3月に逝去した義父の一周忌法要を家族だけで行いました。

妻の実家に、浄土真宗本願寺派本願寺仙台別院からお寺さんが来て「仏説阿弥陀経」をあげていただきました。
我が家では全員が式章をして、一緒にお経を唱えます。最後にお寺さんから感想も含めた簡単な法話がありました。

お寺さん:「全員が式章をして、念仏するとは珍しいですね。帰敬式も受けているのですか?」

       *帰敬式とはお釈迦さまの仏弟子となること(キリスト教では洗礼)

私:「はい私が受けています。祖母が信心深く、それで門前の小僧となった訳です。」

お寺さん:「私は皆で念仏することが良いことだと考えます。中には自分のペースが崩れるので嫌がるお寺さんもいます。」

お寺さん:「世の中では、『釈迦も、阿弥陀仏も同じ仏だろう』と思っている人が少なくありませんが、それは大変な間違いです。釈迦と阿弥陀仏は違う仏さまなのです。お釈迦様は地球上でただお一人、仏のさとりを開かれた方ですから、そのお釈迦様が紹介してくだされたのが、阿弥陀仏といわれる仏さまです。つまり『仏説阿弥陀経』とは、お釈迦様が数多くいる仏様の中でも阿弥陀如来様が最高であると、口コミしたものを、弟子たちが書き残したものになります。」

私:「今でいうと、お釈迦様がいう口コミランキング1位なのですね!」

お寺さん:「私の法話はどうも軽いと、母からしかられるのですが・・・」

誰もが死んだ時のお坊さんと思っているようですが、宗教とはどう生きるかを説いたものです。
身内の方の葬儀や法要などの機会に、少し関心を持つことも大切なことです。

このお寺さんとの引き合わせも義父からの仏縁だと感じています。 

  石川シュウジ



逆縁の悲しみ

  • 投稿日:2023年 3月12日
  • テーマ:その他

土曜日の朝、妻利佳子の山形市内に住む従兄が亡くなったとの知らせが入った。
丁度妻の実家のある仙台に行こうとしていた矢先だったので、仙台で母を拾って山形に向かう。
母からすれば甥の訃報であるし、母の姉(故人の母)も健在なので弔問したいというのが人情である。

 

山形のご自宅に到着すると故人は静かに安置されており、三人で手を合わせる。
故人は享年73歳であるが、そのお母様がご健在であり御年99歳。
現在は介護老人保健施設に入っているが、許可をとって2時間程息子の
黄泉の国への旅立ちのために一時帰宅した。

 

「私より先に逝くなんて、どうしてなの?」

「病院から退院して自宅に戻ったと聞いたので、元気になったと思っていたよ。」

「口は悪いが、心根は良い息子だった。」

「最後は苦しんだのかい?」

故人に優しく話しかける老婆ではあるが、発する言葉一つ一つに
母親としてやるせなさと深い愛情を感じる集まった血縁者たち。
故人に声を掛ける度にむせび泣きが広がっていきます。
悲しい出来事ではありますが、この家族の普段の繋がりが垣間見え
温かさを感じた時でもありました。

親よりも先に子が亡くなること、死ぬ順番が違うことを「逆縁」というようです。
私も親の立場で考えると、逆縁の辛さは親不孝のなにものでもありません。
決して誰も望んでいる結末ではありませんが、今後人生100年時代を迎えると、
今回の様な逆縁の悲しみは残念ながら増えていく事例のように思えます。合掌

石川シュウジ



東日本大震災前の違和感

  • 投稿日:2023年 3月11日
  • テーマ:その他

東日本大震災から12年を迎え、本日は静かにご冥福を祈る一日といたします。

12年前の3月9日、つまり大震災の2日前に最大震度5弱の地震が東北地方を襲い、
津波注意報が発令されたことを覚えていますか?

ここは宮城県の山元町立中浜小学校、9日の揺れは震度3だった。
当時の井上剛校長は赴任して1年足らずであったが、
前任者から「ここは津波が来る」と聞かされていた。
]テレビを見ると「50センチ」の注意報が出された。
2階建ての学校は敷地がかさ上げされているので
「2階に避難すればいいだろう」と判断し、避難指示をした。

 到達津波も小さく3時間後に注意報解除。
しかし井上校長は違和感を覚え避難マニュアルを読むと、
内陸の中学校に逃げるとある。
教頭と教務主任を呼び、一緒に再度読み返した。

 確かに「津波のときは中学校に」とあるが、
「安全な避難場所まで20分」と注釈がついている。
これでは間に合わないかもしれないと考えた3人は、
津波の到達時間を判断基準とし、余裕があれば、
より安全な中学校に逃げることを決めた。

 校長は10日朝の全校集会で呼びかけた。
「今後大きな地震がくるかもしれない。ずきんを着けて避難しよう。」と
前日、高学年で着けない子がいたのが気になって話したもので、
他の教師たちには3人の話し合いの結果を伝えておいた。そして11日・・・

揺れの3分後に大津波警報が流れ、到達予想時刻は10分後。
井上校長は上階への避難を決断。学校は2階の天井付近まで浸水したが、
児童ら90人が屋上で一夜を過ごし、次の朝、全員無事に救助されることになる。

 「打ち合わせが教員の意識の共有に役立った。小さなことを見逃さず、
『もしかしたら』と思うことが大切だ」と井上校長。

少しの違和感を、そのままにしないことが大切ですね。 

 石川シュウジ



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