百年先を見据えた男

  • 投稿日:2021年 10月14日
  • テーマ:理念


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後藤新平先生を知らない人に紹介するのはとても大変なことです。

あえて一言で表すと「百年先を見据えた男」でしょうか!

後藤は明治から昭和初期にかけての激動の時代に、壮大なビジョンを掲げ、
公衆衛生、鉄道事業、都市政策、復興計画などの分野で多大な実績を残しました。
しかし生まれた時代が早過ぎたのか、
当時の人々には彼の描いた構想が理解されませんでした。

先が見えすぎた自分を称し「遠眼鏡、一人で持てば、罪作り」と言った唄が残っております。

後藤は安政4年、現在の岩手県水沢市に生まれます。
19歳で医師となり、24歳にして愛知県医学校(現・名古屋大学医学部)
校長兼愛知県病院長としてのキャリアを歩んでいました。

医者としてドイツ留学時代に会ったビスマルクが
「見たところ君は、医者よりも政治に携わるべき人間である」と看破したように、その後は政治の世界で目を見張る活躍を重ねていきます。

台湾総督府民政長官、満鉄初代総裁、 逓信大臣、鉄道院総裁、内相、外相、東京市長、帝都復興院総裁、東京放送局総裁・・・やらなかったのは総理大臣だけだったと評されています。

日本初の植民地経営だった台湾統治では、近代化の礎を築いたと評価されており、
いまだに現地台湾では人気があります。
当時の総督は児玉源太郎、 民政長官は後藤新平、殖産局長は新渡戸稲造という配列も、
歴史を知る上で重要なポイントとなっております。

奥州市の後藤新平記念館には、後藤の死去に当たり
「伯は実に智・仁・勇の三徳を程よく兼備した人と思う」と
新渡戸が評している大阪毎日新聞の記事が展示されています。

アフターコロナの先が読めない時代だからこそ、後藤に学ぶところがありますね!

           代表取締役 石川シュウジ


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