人間万事塞翁が馬(その2)
- 投稿日:2022年 5月 2日
- テーマ:その他
高校2年生になり、陸上競技部の顧問の先生が替わります。
遠藤恒治先生という、強面で一見して高校の教師には見えない方でした。
練習はほとんど見に来ることはなく、単距離組と長距離組のメニューを渡しそれっきり。
しかしながら先生のメニュー通りに練習していると、次第にタイムが良くなっていくのです。
当時は不思議でしたが、これまでの経験に裏打ちされたメニューだったと思います。
さて400m継走の一員となりましたが、私だけが専門がハンマー投げで、
他の3名は短距離走のスペシャリスト。
遠藤先生が一番苦労したのは、私を何走にするのかを決めること。
思考錯誤が続きます。
最初は一走でしたが「石川はスタートが遅い!」一発で却下。
二度目は三走で「石川はコーナー走が下手!」で却下。
残るは2走と4走ですが、「石川はエースではないのでアンカーは任せられない!」という消去法で、
2走に決まりました。
実は400m継走(リレー)は、走る順番で走る距離が違います。
このバトンゾーンのどこでバトンを渡すのかが勝負となる競技です。
2走は直線で加速しやすく、前後のバトンゾーンを有効につかうと130m位を走ることも可能です。
なんとなく「エースの選手はアンカー」というイメージを
抱いている方も多いでしょうしかし、実際は2走目に
エースを配置するケースが少なくありません。
このオーダーがピタリとはまります。
秋の新人戦で県で3位の表彰台に上がったのです。
消去法で仕方がなく組んだオーダーが当たるなんて、
人生は面白いものですね!
石川シュウジ
人間万事塞翁が馬(その1)
- 投稿日:2022年 5月 1日
- テーマ:その他
昨日の通信で母校・黒沢尻北高等学校陸上競技部の「Kの意志」について書きましたが、
私自身は現役時代、立派な成績も残せない凡人の選手でした。
しかし振り返ってみると人生は面白いということが見えてきます。
少し私のスポーツ遍歴について書いてみます。
中学3年生で身長180㎝の私は、高校に入り中学と同じバスケットボール部に入部します。
ところが入部すると毎日サーキットトレーニングとランニングで練習についていけません。
当時は基礎体力もなく家にかえると食べて眠るだけ。進学校の勉強にも全くついていけません。
入部から一月も経たないうちに退部を申し出ます。次に入ったのが陸上競技部。
田舎の中学校では一番足が早かったので、短距離走には多少自信がありましたが、
入ってみると全くもっての鈍足であることが判明。
「こんなはずじゃなかった・・・」と後悔します。
当時顧問だった早坂七郎先生に、「やる種目がないからハンマー投げでもやってろ!」と言われます。
早坂先生は、ハンマー投げの指導者と聞いて少し希望を持ちましたが、
練習態度の悪い私は一度も教えてもらえないまま、翌年先生は転勤。
結局は自己流での練習となりました。
毎日ハンマーを投げ上半身が鍛えられてくると短距離走のスピードが上がってきます。
2年の夏には400m継走の選手として選ばれるまでに成長します。
しかしながらハンマー投げは、指導者はなく一回ターンでの投擲となります。
当時高校生でも3回ターンが主流でしたので、技術としては未熟な選手となります。
ところが手足が長いという体格の利点があり、
一回ターンでも県内では入賞できるレベルとなります。
陸上競技の楽しさは、努力の結果が数字に表れることです。
大会の度に自己新記録が出るので、すっかり陸上競技に魅せられていくのです・・・
つづく 石川シュウジ
創部1924年Kの意志を継ぐ
昨日母校・黒沢尻北高等学校陸上競技部OB会の総会が開催され参加。
丁度OB会が発足して40周年と重なり祝賀となりました。
1924年(大正13年)、黒沢尻中学が創立。同年、陸上競技部も創部されました。
陸上競技に取り組めるような環境が整っていなかったため、
当時の部員でグラウンド作りから始まりました。
陸上競技の練習よりも、草刈や石拾いなどのグラウンド整地が活動の中心となっていたため、
当時は「陸上競技部」ではなく、「開拓部」という呼び名で活動していました。
ちなみにその時の先輩方のお陰で当時としては県下でも珍しい300mトラックが完成しましたが、
その場所は現在の場所とは違い、硬式野球部グラウンドの場所に完成しました。
野球部が活動できているのは、当時の開拓部の先輩のおかげと言えるでしょう。
今年の新入部員は24名と、現在の顧問・菊地敬太先生より発表がありました。
なんと新入学生の1割が陸上競技部に入部したことになり、参列者はビックリ!
それには、ナイター設備完備の陸上競技部専用300mトラック、
直線全天候走路(2レーン)、跳躍用全天候走路(3レーン)、
棒高跳・走高跳設備等、県内高校トップクラスの練習環境となっていることも要因だといえます。
公立高校ではあり得ない環境になります。これこそがOB諸先輩方のおかげなのです。
伝統のユニフォームは白地に「K」のマークが入って
おり、母校の「黒陵魂」を表しますが、今回改めて
「開拓部」の精神を次世代に受け継ぐことを心に刻んだ
総会となりました。
石川シュウジ
































