校訓「宝積」

  • 投稿日:2024年 2月24日
  • テーマ:その他

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原が育った本宮地区にある本宮小と向中野小は、原敬の座右の銘「宝積(ほうじゃく)」を校訓にしています。「宝積」には「人に尽して見返りを求めない」という意味があります。両校では、児童会のボランティア活動を「宝積活動」と呼び、6年生の子どもたちが中心となって校内のごみ拾いや秋の落葉掃き、冬の雪かきなどを自主的に行い、奉仕の心を育んでいます。

 原の「宝積」の精神を子どもたちに伝えるため、墓所である大慈寺の前に開校されたのが大慈寺小。原は校歌にも盛岡の偉人として歌われ、校章には、原家の家紋である「三つ桜」に「大」

の文字が挿入され、原の精神と人徳を継承する子どもたちを育てるという願いが込められています。今なお原の墓所の清掃や追悼会での校歌披露などをしています。

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菩提寺である大慈寺の山門や本堂などの再建に、原は何度も寄付をしています。死後は遺言のとおり大慈寺に埋葬。墓石には「原敬墓」とのみ刻まれ、妻・浅と共に静かに眠っています。

     石川シュウジ



「ハラケイ」と「ハラタカシ」どっちが本当?

  • 投稿日:2024年 2月23日
  • テーマ:その他

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第19代内閣総理大臣「原敬」の読み方は、「ハラケイ」と「ハラタカシ」のどちらが正しいのか、知っていますか? 実はどちらも間違いではなく、「ハラタカシ」は本名、「ハラケイ」は愛称です。

 原が総理大臣として活躍していた頃、盛岡の人たちは、尊敬と親しみを込めて「ハラケイさん」と呼びました。現在、原敬の史料を保存・展示している「原敬(ハラケイ)記念館」と、原が 46 年間書きつづった「原敬(ハラケイ)日記」は「ハラケイ」の読み方を名称にしていますが、これ以外は「ハラタカシ」と読みます。

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「一山」の雅号と「一山百文」の落款印

原敬は、晩年、「一山(いちざん)」の俳号と「一山百文(」ひとやまひゃくもん)の落款(らっかん)印をしばしば使いました。戊辰戦争の時、新政府軍が東北を蔑視して言ったとされる「白河以北一山百文」(白河の関〝現在の福島県白河市 より北は、山ひとつ100 文の価値しかない)にちなんだものです。10代の多感な時期に敗戦を経験し、薩長全盛時代に賊軍とされた東北出身者として生きた原の、強い反骨精神の現れといえますね。

石川シュウジ



自民党幹事長室の額「宝積」

  • 投稿日:2024年 2月22日
  • テーマ:その他

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 この原敬の座右の銘は「宝積(ほうじゃく)」。

「宝積」とはお経の「宝積経(ほうしゃくきょう)」を指し、この経の本義に「人を守りて己を守らず」とあります。これは転じて「人に尽くして見返りを求めない」という意味で、原が同経を実践しようとしたもので、生き方が単的に表された言葉といわれています。

 実は自由民主党本部の幹事長室には、原敬の直筆でこの「宝積」が掲げられております。

現在の幹事長は茂木敏充氏。現在、資金管理団体の使途不明金問題が取り沙汰されておりますが、毎日幹事長室でこの額をバックに、「宝積とは、金を積むことじゃ!」と間違った解釈のもと、若手議員に見返りを求めているのかもしれませんね。

政治家は"清廉潔白"でなければならないとは言いませんが、せめて幹事長には宝積の真の意味を学んで欲しいものですね。 
   石川シュウジ



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