神社はお願いするところではない!?
- 投稿日:2022年 9月27日
- テーマ:その他
昨日は、托鉢の意味を改めて考える通信となりましたね。
貧乏な人にこそ、他人に与える喜びを感じてもらうが本来の意味のようです。
さて私たちは普段、知らずに逆の意味のことをやってことがあります。
神社ではお守りが売られています。私も新年には新しいものと交換しています。
お守りにすがり、頼る人が守られるのではないようです。
ついつい苦しい時の神頼みを、私もしてしまいます。
「神様お願いです!助けてください!」
神社というと私たちは
「神様に自分の願いを叶えてもらうためにお祈りするところ」
という認識を持っているのではないでしょうか。
実は逆でこのお守りを、大切にしようと思う人が守られるようです。
神社は神様の居られる神聖な場所になります。
ここで行う祈りとは神様への感謝を伝える場であり、
また神様の前で自分自身と向き合う場となっているようです。
神社ではこう祈るようです。(私の勝手な解釈です)
「いつも見守っていただきありがとうございます。
私の身体を使って、神様のお手伝いができますように。
世の中のために、私の行動をここに宣言いたします。」
神様や他人任せのお願いは、果たして叶うものでしょうか?
周囲の為に、自分のできることを日々少しずつ続ける。
例えば笑顔で暮らすことは、それだけで周囲を明るくするものです。
石川シュウジ
貧しいものこそ施す
- 投稿日:2022年 9月26日
- テーマ:その他
仏教のなかには,「托鉢」という行がありますよね。
笠をかぶったお坊さんが、手に鉢をもって家々を回りお布施を頂くという行です。
ここ北上市内では、なかなかお目にかかることが少ない光景かも知れません。
お釈迦さまは、托鉢に向かう弟子たちに、こう言いました。
「お金持ちの家ではなく、貧しい人たちの家を回って托鉢をしてきなさい。」
弟子たちは、大変いぶかしがり
「お布施をいただくのですから、お金持ちのところに行くのが常識ですよね?」と尋ねます。
しかし、お釈迦さまの思いは別のところにありました。
貧しい人がなぜ貧しいのか?
それは、自分のためにしかお金を使わないからであり、
その人たちに与える喜びを味わってもらう機会を与えることが、
托鉢の真の目的だったのです。
自分だけのことを考えて使うのか?
周りのことを考えて使うのか?
これはお金に限ったものではありません。
余った小銭を募金や寄付するのも同じ意味になりますね。
石川シュウジ
ツイているのは、ツイていると言うから
- 投稿日:2022年 9月25日
- テーマ:
昨日の長男の結婚式の余韻も冷めやらぬまま、小樽を後にしなければなりません。
本音はもう少しゆっくりと観光したいのですが、後ろ髪を引かれる思いで出発。
ホテルを朝8時に立ち、レンタカーを走らせ一路新千歳空港に向かいます。
今回の3連休中、ツイいる事ばかりです。まずはお天気。
初日の移動日は雨でしたが、二日目の結婚式当日は朝から雨が上がります。
午前10時には汗ばむほどの快晴となり、タクシーで会場移動する際に、
花嫁のドレスが雨に濡れずに済みます。
三日目は、爽やかな風が吹く絶好の行楽日よりとなり、
帰路の単なるドライブだけでも気分が上がります。
ツイてます。
食事に関しては、事前に予約を入れようとしますが3連休のため既に一杯と断られます。
結局は成り行きで決めることになりますが、なぜかしらたまたま空いているのです。
ホテルのバーも、貸し切り状態。会話の途中から始まったのは、
生のピアノとサックスの演奏!
大人の時間を楽しむことになるとは思ってもみないことです。
ツイてます。
旅の終わりの〆は新千歳空港の中でラーメンを食べること。
空港内には道内の有名店を集めたコーナーがあり、
丁度お昼ということもあり、立って待つ場もない程の混雑ぶり。
たまたま空いているお店を見つけ、並ぶことなく着席。
その後10名が待機し並ぶ姿を目の当たりにします。
ツイてます。
偶然入ったそのお店の味噌ラーメンの美味しいこと。
80歳を過ぎた母もペロリと完食するほどです。
名前は「ラーメン空」。調べてみると、
いわゆるすみれ系札幌味噌ラーメンのひとつだということが分かります。
どうりで私の好きな味!
ツイてます。
今回の3日間は、最後まで全てが上手く回ります。私たちは
運が良い、ツイている、それを実感する旅となりました。
石川シュウジ