期待を裏切るソウルフード!?
- 投稿日:2021年 12月11日
- テーマ:理念
SNSのフェイスブックでは、自動的に自分の過去の思い出が表示されるようになっています。
今から5年前の2016年12月11日は、盛岡で「じゃじゃ麺」を食べていたようです。
AIから指摘表示されると反論できないが、実は記憶が曖昧で思い出せない私です。
盛岡と言えば2016年に盛岡冷麺、わんこそば、盛岡じゃじゃ麺の三大麺が
テーマの「ニッポンめんサミットin盛岡2016」が開催されるほど、麺好きには有名な街ですね。
その盛岡三大麺の一つ白龍の「じゃじや麺」を5年前の今日、昼食に食べた写真がアップされている。
自分のコメントを以下にコピーしてみる。
「長男と義父は初めて『じゃじゃ麺』を食べるので、待つ間に私が食べ方をレクチャーし期待値がMAXです!
自分好みに味を調整し、いざ実食します。最後のちーたんたんまで楽しみます。
長男の感想は期待値を勝手に上げていたので『期待したほど美味いものではないなあ~。
もう少し麺が硬い方がいいなあ~!』と少しガッカリしたようです。
実は私も最初はそう思いました。」とコメントしておりました。
同じ様な経験が大学時代にもあります。所属するソフトボール部の
大会が盛岡であり、帰りに食道園で冷麺を後輩に食べさせたのです。
「噛み切れません!」とこぼしておりました。
ところが今ではその後輩も冷麺が大好きになっております。
ソウルフードは回数を重ねてその味の良さが分かるのだと思います。
代表取締役 石川シュウジ
本立末治(もとたちてすえおさまる)
- 投稿日:2021年 12月10日
- テーマ:理念
私の人生を振り返えると、これまではブレブレの人生でした。
振り子に例えるとある時は右に、ある時は左にとその振れ幅が大きく
周りの人たちにも大きな影響を与えてきました。
新しいことが好き、人と同じことが嫌いな私は、
仕事をする上で最新の最新の「やり方」を取り入れます。
常に時代の最先端を取り入れることが格好良いと思っている程でした。
しかし振り返ってみると、社員は疲弊しています。
社員の疲弊はそのまま会社の業績へ跳ね返ってきたのです。
そんな時、臥龍こと角田識之さんというコンサルタントに出会います。
臥龍先生は「あり方」を説くだけで、「やり方」については一切教えない一風変わったコンサルタントでした。
「あり方」とは、その人の人生観を反映した志であり、
企業にとっては理念といえるものです。
この臥龍先生の下で学ぶことにより、私は会社の理念を作ります。
理念を「全ては家族の笑顔のために」し、社名も「絆すてーしょん」へと変更していったのです。
新渡戸稲造先生の言葉に「本立末治」があります。
これには物事の根本、基礎基本を掌握することによって、
自ずと結果が良くなるという意味があります。
仕事をするということは苦労の連続です。しかしながら
何の為にやっているのかという理念があるから、頑張れる
のです。おかげで次第に私の人生も良い方向に大きく
変わってきたようです。有難いことですね。
代表取締役 石川シュウジ
日本のボースカウト発祥の地
- 投稿日:2021年 12月 9日
- テーマ:理念
初代総長後藤新平
北上市和賀町藤根にある北上平和記念展示館には、
故高橋峯次郎先生に戦地の教え子から寄せられた軍事郵便(7000通)や
銃、衣服、教科書など戦時資料約400点が展示されています。
合わせてボーイスカウトの活動資料も多く展示されております。
さてボーイスカウトの初代総長さんは、岩手県奥州市の後藤新平先生ですが、
当時東京市長だった後藤新平先生にボーイスカウトの存在を知らせたのが峯次郎先生になります。
峯次郎は、ボーイスカウトという少年団活動のあることを日露戦争で出兵した際に聞き、
帰国後郷土出身の後藤新平さんに照合して調べてもらいます。
日本もこれから世界的視野に立って生きていく若者を育てなければならないということで二人は意気投合。
ところが、藤根が第一位隊で東京が第二位隊では具合が悪いと、
後藤新平さんにたのまれて、藤根は第二位隊になったと言われています。
(藤根村史より)
もの好きな私は、過去に東京にあるボーイスカウト日本連盟に問い合わせしてみました。
「その当時まだ全国的な組織がなく、日本各地でボーイスカウトが
立ち上がったようです。どこが一番という証拠がありません。
しかしながら、藤根少年隊と東京少年隊が交流した事実は
残っている。」との回答でした。
つまり最初に手を挙げた場所が、日本のボースカウト
発祥の地を名乗って良いと私は考えます。
是非、一度北上平和記念展示館を訪問してくださいね。
代表取締役 石川シュウジ
































